初夏の武田神社

高速道路をスイスイ走る事5時間、甲府市に入りしばらくすると、武田の町名が見え始め、山梨大学の脇を抜けると武田神社が見えてきた。
やはり、神社そのものにというよりは、かつてこの場所が武田一族の本拠、躑躅ヶ崎館であったということが感慨深い。
本殿にお参りした後、宝物殿に入ると、武田ゆかりの物が色々展示してある中に、あの市河家文書のコピーが展示してあった。眼を凝らして見てみると、確かに山本管助という名前と、信玄の花押が見える。いわゆる軍師山本勘助が実在したという決定的な証拠と言えるのかどうかわからないが、歴史物語に一味添えていて面白い。
絶大な存在から滅亡へと、その振幅がどんな武将よりも大きく思えて、心が揺さぶられる。
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